BLUE NOTE 人生を変えた一曲 小川 隆夫さん - アットジャズ

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第二回 人生を変えた一曲!

小川 隆夫 (ジャズジャーナリスト、整形外科医、DJ)
ニューヨーク大学の大学院在学中にアート・ブレーキーやマルサリス兄弟など数多くのミュージ シャンと知り合う。帰国後、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がけると共にJAZZ関連 の著書を多数出版。



インタビュー:by 山口ミルコ


「モーニン」(アート・ブレーキー)は、いい曲であり、いい演奏であり、躍動感といい日本人好みのメロディといい、ジャズの入門にいちばんだと思います。

本当は「ウンポコローコ」なんだけど、ナメ(当コーナー第一回に登場の行方均氏)に取られちゃった(笑)。ぼくにとってブルーノートとの最初の出会いでもあった「ウンポコローコ」、ぼくも当時はなんだかわからなかったけど、せっかくレコードを買ったからと一生懸命聴いたら、こんなことに・・・(笑)( 小川隆夫さんは日本を代表するブルーノートレコードの完全収集家) でも「ウンポコローコ」はジャズ入門には、ややハードルが高いかもしれません。「モーニン」は、いい曲であり、いい演奏であり、躍動感といい日本人好みのメロディといい、ジャズの入門にいちばんだと思います。

小川 隆夫 さん





はじめに

ジャズは、演ってる人だけでなく聴いてる人までカッコイイ。
そのイメージが作られたことに、小川隆夫さんは貢献していると私は思う。
小川隆夫さんといえば、ブルーノートの完全コレクターとして知られ、ジャズジャーナリストとして多くの名書も書かれている。
彼の手になる貴重なインタビューの数々は躍動感に溢れ、時代を超えて我々の胸をときめかせてくれる。
私のなかではジャズ→ブルーノート→スイングジャーナルの図式とともに、小川隆夫さんの穏やかな横顔を映したモノクロームの写真が浮かぶ。
「ほう、ジャズをとことん愛する男とはこういう感じなんだろうな」とスイングジャーナルを眺めながら勝手に妄想を膨らませていた。こうして対談する日が来るとは。
半世紀に亘り全力でレコードを集めまくってきた小川さんは、全身に清浄な空気を纏う上品な紳士だった。


ミルコ: 小川さんはジャズ愛好家として、音楽ジャーナリストとして、ブルーノートの成り立ちや名盤の解説を始めモダンジャズについての数々の本を書かれていますがどれも読みやすく愛にあふれてとてもいいです。

オガワ: ありがとうございます。ブルーノートって面白いのは、何といってもストーリーがドラマチックですよね。ブルーノートの物語は偶然の産物だし、いまはジャズのごく一部の、限られた人たちのあいだで知られている物語だけれども、じつは一般にひろく通用するもの。ぼくの書いたものを読んでくれたある人が、ビジネス書でもあるよね、と。それこそ日本のホンダとかソニーとか、初期には社員みんなで手作りで、楽しくやって会社を大きくしていったじゃない。そうしたスピリットはブルーノートの話にも繋がっているなって、書きながらいつも思っていました。

ミルコ: 私もまさにそう思います。仕事術というか、ものづくりの原点を見つめ直す要素がふんだんにあるし、友情から成り立っていく会社のしくみ、気持ちの深い部分で繋がっていくことの大切さ、ぜんぶ入っている。仕事相手の人ーーブルーノートという会社の場合は、主にミュージシャンですがーーそういう人たちをどうやって引き立てていくかとか、ブルーノートを知ることで、すべての純粋なおこないが仕事としてかたちになっていくプロセスを体験できます。
いろいろご著書を読ませていただいたのですが、小川さんのジャズの本を読むと、小川さんご本人のことも知りたくなる。でもご自身のことって、ほとんど書かれていないですよね。

オガワ: それは、意図してるところもあります。ぼくの音楽業界における役割は、自分の意見を表明することより、ミュージシャンの声を伝えることにあると考えています。「ミュージシャンの声を伝える」「いま起こっていることを伝える」というのが自分の仕事。場合によっては自分の意見もおおいに表明しますが、基本的には「伝達者」でありたいというのがぼくの立場です。なので、みずからは一度も「評論家」とは名乗らず、肩書きを聞かれたときは「音楽ジャーナリスト」としています。
だからブルーノートについて書くときも、ブルーノートとぼくのかかわりを強調するものと、あるていど距離をとっているものと、使い分けてきたところがあって。

ミルコ: そこへきて「改訂版 ブルーノート・コレクターズ・ガイド 」(東京きらら社発行 河出書房新社発売) の第二章は小川さんの自伝みたいなもので、ブルーノートを通しての。これがすごく面白い。行方(均)さんとの対談もよかったですけど、ぶっとんだコレクター人生がここに。ブルーノートレコード完全収集というマニアライフは、もちろん今も、続いているんですよね?

オガワ: とりあえず細々とね。ある時点でこれでいいかな?と思った反面、いや、まだまだダメだな・・・って(笑)。終着点ってないの、コレクションというのは。「番号順にぜんぶ(オリジナルで)集めました」っていったって、自分のよりコンディションの良いものがあれば欲しくなるわけで。昔ほど積極的に動いてなくても、忘れた頃にやってくる物もあるのでチャンスがあれば交換しましょうと。そうやっていくうちに、さらにグレードアップさせる作業というか行為?(笑)は進んでいってるんだけどね。

ミルコ: それは楽しいんですか?

オガワ: うん、コンプリートコレクションとはいうものの、気持ちとしてはまだ八割くらいなの。「もうちょっと他にあるかな? いやたぶんないだろう」という結論にほとんど達しているんだけど。でもぜったいない、とは思ってなくて。

ミルコ: 小川さんをしても80パーセントですか・・・。

オガワ: これぐらいが楽しみとして、いい。とりあえず全部あると。自分からチャンス求めない。

ミルコ: なるほど、その境地なんですね。

オガワ: いやしくあっちこっち手をのばしても、手に入らないんですよ。黙って待ってると、来る。ブルーノートにかぎらず何でもそう。自分から手を出しちゃいけないんだ。

ミルコ: 手を挙げてはいるんですよね? やってるよ、と。

オガワ: 挙げてるよ。で、「来た」時は、ぜったいに取る。

ミルコ: それは小川さんの人生訓なのでしょうね。

オガワ: ぼくは怠け者だから、積極的に何でもやらないの。それはレコードにかぎらず。

ミルコ: 競争がお好きじゃないんですよね? どこかで読みました。

オガワ: そう。好きじゃない。ジャズの原稿もね、やたら書いてると思うでしょ? ぼくは営業活動はしないんです。外科医という仕事もしているし、黙って、頼まれたものを書いてる。これは、一般に言えることなんだけど、自分からしゃかりきにならないほうがいいなって。自分で決めてうごくと、だいたいろくなことがないんだ。要はね、行き当たりばったり。そもそもぼくは医者になりたかったわけではなくて親父が医者だからそうなった、のだし。

ミルコ: お父さまもコレクターなんですよね。お父さまは映画の。

オガワ: 同じDNAですね。

ミルコ: 戦後世代はみんな自力で頑張れ立ち上がれと言われて育った。でも一人一人がその人のペースですっくと立ってやったほうがいいですよね。

オガワ: 時の流れに任せちゃう。

ミルコ: 「人から頼まれた時に、人はいい仕事をする」ってそうだなって私、常々思ってます。
ご著書を読ませていただいたり、お話を伺っていると、 ジャズでの面白いことに次々ぶち当たる運命を、小川さんは生まれ持っているなあって。だから成立しているんですよ、仕事として。じゃなかったら今こんなことになってませんから。

オガワ: そのとおり。さっきから言ってるように自分じゃ何もしてないんだから。

ミルコ: そんななかで、小川さんの本に特徴的なのは、感謝の気持ちがものすごく伝わってくるということですね。持つべきものは友人だといつも言い、運命的な出会いを引き寄せて、その出会いを重ねながらコンプリートしていく。幸運だけでは、ないと思うんですよ。

オガワ: 大切な 情報を自分だけのものにしない、それはずっと思ってます。自分だけのものにしようとすると結局、自分で自分の首を絞めるんだ。

ミルコ: そういう小川さんだから、アルフレッド・ライオンが晩年に初来日を果たすときもそばにいらした。1986年の夏、山中湖でのマウントフジジャズフェスティバルの時に、アルフレッドの主治医として彼に同行されたのはジャズファンに知られるエピソードですよね。

オガワ: それも自分から動いてないんです。自分で探しに行ってない。85年のワンナイトブルーノートに呼ばれてアメリカで会ったのをさいごに、もう一生会わないだろうなと思って、そのときにお別れしたんですけど、そのあとアルフレッドが日本に来ることになって。ずっと一緒にいたので、そのときにいろんな話を聞くことができました。
アルフレッドについてぼくがいちばん思っているのは、アルフレッドを知る全員が全員、アルフレッドの話をするときに嬉しそうだ、ということ。要はみんなアルフレッド・ライオンとかかわれたことに誇りを持っている。すごく嬉しいんだよ、アルフレッド・ライオンの話をすることが。それが、一人や二人じゃ気づかなかった。あれ?と思って、で、あるところから観察するようになったわけ。そしたら、「あ、この人も! あ、あの人も!みんな嬉しそうだ」って。

ミルコ: 素敵ですねえ。アルフレッド、彼の周りの人びとの嬉しい顔、そしてそこに気づく小川さんも。

オガワ: 本当に愛すべきドイツ人なの。それが移民としてアメリカに来て第二次大戦があって苦労して、アメリカ国籍をとって更に苦労して、世界でいちばん愛されるレコード会社を作った。

ミルコ: アルフレッド・ライオンは、ミュージシャンがベストな演奏ができるように、いつだって全力でいい環境を作っていた。経営は苦しかったのに手を尽くして、いいと思う新人も、たくさん出した。すごい目利きのプロデューサーです。なのに、途中で離れるミュージシャンが、けっこういたんですよね。そこなんです、私が気になっていたのは。あれが、さみしい。小川さんに会ったら、そこを聞きたいと思って・・・

オガワ: そうか〜。それはですねーー、彼はミュージシャンが他のレーベルに移るのは大賛成だったんだよね。ほんとうに。

ミルコ: ほんとうにそうだったんでしょうか? 新人を出すって、相当なエネルギーの要ること。私もかつて出版社のプロデューサーをずっとやっていたので。ライオンはそれでよかったのかな?って。ぜんぜん構わないの?

オガワ: ぜんぜん構わない。そのミュージシャンにとっていちばんいいことーーライオンにとっていいこと、じゃなくてね。やっぱりミュージシャンのことしか考えてなかったんだよ。

ミルコ: 究極の愛ですね。

オガワ: それはもう泣ける話でね。ライオンってほんとに貧乏で。すごく貧しい人たちが住む地域に住んでいて、お墓だってジューイッシュの、いちばん貧しい人たちのお墓に入っているんです。だからもう、入ったお金はぜんぶ、ミュージシャンにあげちゃっていたんだ。自分はポリエステルのーーポリエステルピープルっていう差別用語があるんだけどーーそうした粗末な服を着て、ミュージシャンには「君はアーティストなんだから、ちゃんとしなきゃいけない」って言って。
で、自分のところは小さな会社だしギャラもたくさん払えないから、もしもブルーノートよりもっといい仕事があればそっちへ行ってくださいと。

ミルコ: 彼はそうして手放していったから、ブルーノートの輝きは保たれたのかもしれませんね。
「アルフレッドライオン物語」を映画にしましょう!「グレンミラー物語」みたいに。チーム作って。私も頑張りますから(笑)

オガワ: 出来たらいいですねえ。アメリカ人って殺伐としたところもあるじゃないですか、とくにベトナム戦争の時代だし。それなのにアルフレッド・ライオンを中心とした人たちってすごく日本的な情緒を持っている。日本人って、やさしいとこあるでしょ? そういう部分をブルーノートにずっと感じてーーぼくもここまで来たというわけです。


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