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JAZZ SPOT J (Live House)

Music Birdとのコラボ企画ライブハウスレポート!ご紹介させていただいたライブハウスのライブの一部はMusic Bird で放送される予定です。


JAZZ SPOT J

あのタモリが宣伝部長!
何が起こるかわからないジャズクラブ!

「J」を始めた頃はみんな青年っていう感じだったけど、30年経つと、みんなおじさんになって最近は少し落ち着いてきましたね。「なにが起こるか分からない」雰囲気は残しているつもりなんですけどね。普通のジャズクラブみたいに「真剣にジャズ聞いて」っていうのにはならないようにね。

<店主バードマン幸田>

お問合せ : 03-3354-0335 n.w.e@jazzspot-j.com
住所 : 東京都新宿区新宿5−1−1 ロイヤルマンションB1 地図
チャージ : \2000〈特別番組を除く)
ライブ : 1st 19:15 / 2nd 20:45 / 3rd 22:15
定休日 : 日曜・祭日(貸切可)

<Food>
J特製手作りPIZZA ¥1300〜1500
パスタ各種 ¥850〜900 サラダ各種 ¥600〜800
※J自慢のPIZZAはお持ち帰りできます。

<これまでの主な出演者>
大野雄二、中村誠一、大森明、渡辺文男、鈴木良雄、増尾好秋、 小野リサ、伊藤君子、ヨーコ・サイクス、水森亜土、寺井尚子、木住野佳子。

<ギャラリー>

Jの壁をギャラリーとして毎月色々な方に利用されています。
これまでに、『タモリの写真展』 『水森亜土・個展』 『グラフィックデザイナーによるカレンダー展』 『田村セツコ・個展』(毎年2・3月) などユニークな展示を行っています。
※個展、集合展、受け付けています。

<SHOP>

Jでは店内でいろいろなグッズに出会えます。
CD
多数のミュージシャンのCDを展示・販売しています。 出演ミュージシャンの作品ほか、思わぬ逸品が見つかるかも。
Book&Fancy Goods
音楽に関心をお持ちの、または興味を抱かれた方のための本もございます。 勿論それ以外のご趣味の方のための本もあります。 お洒落な雑貨類、Jのテーブルを演出するフローティングキャンドル、 楽器をアレンジしたピンバッジ、サンバホイッスル等々ご好評を頂いております。 Tシャツ(Jオリジナル) メディア・クリエイター大嶽一省(おおたけかずみ)さんデザインのJバード がとても可愛く人気です。 Jでは若いスタッフ達が皆様方をお待ちしています。 ご来店のおりにはお気軽に声を掛けてください。


●まず「J」を始められたきっかけをおしえてください。

もともとは所属していた早稲田大学のモダンジャズ研究会がきっかけなんです。
僕自身は大学を卒業してからは会社勤めをしていたんですがね、サークルの同期たちは、音楽の世界でみるみるビッグになっていきました。同級生でベーシストの鈴木良雄は、ニューヨークでアートブレイキーとジャズメッセンジャーズに入ったり、後輩でギタリストの増尾好秋なんていうのは、ソニーロリンズのグループに入ったりして、世界ツアーで活躍したりね。30歳くらいになったら、今度はタモリがどんどん有名になっていったし。

自分も、どこか音楽を捨てきれないっていう部分があったんですね。そんな折に、ジャズ研のOBの溜まり場がほしいっていう話が出たんです。それじゃあ僕が会社を辞めてその専任になるよって言った。それがきっかけですね。

いざ「J」をはじめるとなると、私の代を中心に25人くらいの人が出資してくれました。そして会社を作ったんです。名前は、株式会社「ノースウェストエンタープライス」。
飛行機会社みたいな会社の名前ですが、それには意味があってね。早稲田の校歌が、「都の西北」っていうんです。だから「ノースウエスト」。会社にしてからは「飛行機チケットが安く買えますか」なんて問い合わせが結構あります。(笑)

●タモリさんも会社を作られたメンバーだとか。

タモリも東京に戻ってきて数年経っていて、結構有名になっていてね。「J」を始めるのなら応援しましょうという事で、「取締役宣伝部長」という肩書きで参加してくれました。

半年に一度、決算の役員会があるのですが、この30年間、タモリは無遅刻無欠席なんです。多忙なのに、最優先でスケジュールをとってくれて、大変うれしく思っています。

●赤塚不二夫さんも「J」を支えた方のお一人なんですよね。

あるときに、タモリが赤塚不二夫さんを連れて来てくれたんです。そうしたらすごく気に入ってくださって、それからすごく応援してくれました。
実は「J」は、できてから一年半くらいで原因不明の火災で全焼したんです。そんな時に赤塚さんは家まで呼んでくれてね、ご馳走して励ましてくれました。
当時、僕には幼稚園になる子供がいたんだけど、火事のために、自分はもちろん,みんなから集めたお金もすべて失ってしまいました。さすがに「また出してください」とはいえなくてね、呆然としていたんです。
そんな僕に、赤塚さんは「絶対やめるな、みんなまた応援してくれるから」っていってくださったんです。「自分もできる限りの応援はするから」っていってね、「Jで早く飲む会」っていうのを作ってくれたんです。

赤塚さんの言葉で、僕も一生懸命になって、2ヶ月足らずで再建できました。全焼なので、内装からすべて作り直したんですが、知り合いがほとんど利益なしでやってくれました。普通はありえないんだけど、お客さんやミュージシャンもお金を出してくれました。自分の行きつけのお店に事故があっても、普通援助なんかしないよね。本当にありがたかったです。

あとで聞いたら、実はその当時、フジオプロダクションでは横領事件があって、赤塚さん自身一番大変な時期だったらしいんです。だけどそういうのを出さずに赤塚さんは全面的に援助してくれました。僕はそんなこと全然知らなかった。お礼を言っても「君達の気持ちが通じたんだからそれでいいんだよ」っていってくれるだけで、恩に着せるとか、そんなことは一切ありませんでした。

赤塚さんは、そうやってかなりの困っている人たちを助けているんですよね。タモリも福岡から出てきたときにマンションに住ませてもらっていたし。赤塚さんのおかげで、世に出た人もたくさんいる。赤塚さんみたいな人になりたいと思うけど、そういう風にできるってなかなか難しいことですよね。

●「J」っていうのはいろんな伝説があるジャズクラブですね。

これまでにいろんな人が来てくださったし、いろんなことがありましたね。筑紫哲也さんが松田優作さんを連れてきてくれたりね。あのときは「J」にいたすべての女性が大騒ぎでしたよ。(笑)それから、ルパン3世のテーマの作曲をした大野雄二さんが「J」でよく演奏していたので、「J」がルパン3世のアニメの舞台になったこともあるんですよ。それから、タモリの司会で、オールナイトニッポンをここから放送したこともあります。
「なにが起こるかわからないJ」なんていわれてね。昔はタモリも、トランペットは吹くわ、スキャットでボーカルやるわ、ピアノ弾くわでね。学生さんが「僕の演奏を聞いてください!」なんていって飛び込みで訳のわからない演奏をしたり、タモリファンの凄い連中も演奏に乱入してきたり。随分いろんなことがありました。

「J」を始めた頃はみんな青年っていう感じだったけど、30年経つと、みんなおじさんになって最近は少し落ち着いてきましたね。だけど、「なにが起こるか分からない」雰囲気は残しているつもりなんですけどね。普通のジャズクラブみたいに真剣にジャズ聴いてっていうのにはならないようにね。

●ここから巣立たれた方も大変多いようですね。

小野リサさんは20歳くらいから、ここで活動を始められましたね。多いときは月に4回くらい演奏されていましたよ。「J」で7、8年やったら大ブレイクしてね。一緒に新鮮な時間を過ごさせてもらいました。矢野沙織ちゃんなんかも、高校生の時によく演奏に来ていましたよ。


●「J」で、マスターはどんな夢を叶えられたんですか?

僕がジャズを始めたきっかけは、渡辺貞夫さんなんです。高校1年生のときに渡辺貞夫さんを聴いて衝撃を受けて憧れてね。

まだ渡辺さんが28歳くらいで、彼がバークリー大学に行くっていうことが決まったときに、留学費用を出すために「持っているオーディオ、レコード全部売ります」ってスウィングジャーナルに出たんです。1ドル360円の時代ですから、留学も大変だったんですね。僕はそれを高校一年生の時に見てね、それで緊張しながら渡辺さんの家まで行ったんです。
家の近くまで行ったら、練習している音が聞こえてきて、玄関で奥さんに、「スウィングジャーナル見ました」っていったら渡辺さんを呼んできてくれて、家にあげてくれたんです。

それから、ベニ―グッドマンのSP版を、「擦り切れるくらいまで聴いて練習したんだ」って言って2枚頂いたんです。だけど、もう僕が行ったときには、ほとんどのレコードは売れてしまっていて、「これ以外にはもうあと2枚しか手元にないんだ。この2枚は自分にとってすごく愛着があって手放したくないものなんだよ」っていわれました。一枚はチャーリーパーカーでね。レコードが聴きすぎて白くなっちゃってるの。もう一枚はマイルスデイビスので、これは自分の小遣いで初めて買ったレコードだって教えてくれました。

渡辺さんはしばらく考えてから、「でも高校生の君がせっかく来てくれたんだから、これを譲ろうか」って言って、マイルスの方を譲ってくれました。それ以来、そのレコードは私の宝物です。渡辺さんはそれ以降も本当によく聴いてね、こういうミュージシャンになりたいなって憧れていました。

そんな夢のような人がこの「J」に3回も出演してくれたんです。本当に夢は叶うものだなと思います。

●マスターの今後の夢、目標はなんでしょうか。また、まだ「J」に行ったことがない@ジャズのユーザーに一言あればお願いします。

その質問、よく聞かれるんですが、夢はね、もう実現しちゃったんですよ。だから、それを少しでもお会いできるお客様やミュージシャンに分けて差し上げられたらと思います。老後の余った時間はね(笑)、今までいただいてきたものをみなさんに分けていけたらと思います。


お忙しい中、ありがとうございました。


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