佐山雅弘 Blog

※画像をクリックすると拡大表示されます。
現在のページ: 1/12 Page  

2015年7月16日
身辺雑記7月16日

演奏生活・健康生活、と項目が増えて長くなると思いながら書き進めてみたら、意外にまとまったので、リズム変遷は来週からにして・・・

 身辺雑記 2015前半の後編 演奏生活・健康生活
その1 演奏生活
 寺井尚子グループが面白い。若手二人がグングン伸びるし、Mattzは公私に頼りになる。何より寺井氏との「価値観の共有」を演奏のたびに実感、深まりが増してゆくのが歓び。他方、病人を実に大事にしてくれる。
 どこの現場にも、ソファ・枕・毛布が用意される。リハーサルを含めピアノを弾く時間は最小限になるように工夫して、それ以外の時間はずっと横になっている。演奏の30分前になったらアミノ酸を注入して飲食を止める。
 そうしてやっと1時間のステージが務まる。50分をすぎた頃からエネルギー残量ランプが点滅しだす。ステージ終了後、アタマは興奮しているが首から下はぐたりとして、面会も断ってもらいながら15分間横になる。ゆっくり着替えて荷物をまとめて退館。荷運び・先導は若手がしてくれる。
 ここまでの設定と介護は、さすがに他所の現場に自分から要求出来るわけもないので、寺井グループ・自分名義以外の演奏は今のところ遠慮している。とくに遠出は無理。

その2 健康生活
 アミノ酸だの酵素だの周囲の助言がかまびすしい。オーガニックなものに限って何でも摂取するようにしている。それにしてもアタマと体は別なことを実感する。考えてみれば病気になろうなんて1ミリも考えてないのに風邪その他病気にかかるのだから、健常な時から脳と身体は別モノなのだった。
 やりたいことは常にあるのに、仕事前の一休みをしてみると、あら不思議!T〜2時間眠っている。こういう時は眠るべきなんだろう、と睡魔に身を委ねる。10分ほど覚醒が続くのが確かめられたら、その時々のプライオリティに応じて仕事・趣味の時間を持つ。
 持続時間が短い。30〜40分に一度の休憩は必ず横になるのだが、その何度目かには眠りが訪れる。そこでそれまでの作業項目は終了、持ち越しとなる。
 計画性がありながらいちいち頓挫しつつ、その頓挫については全く意に解さずに、多項目が並列に漸次進行する様を面白がっている。「達成感」を伴う趣味や行動に無関心なのが我ながらよくわかりますね。

追記:思い出したこと、雑感など。
 中学の音楽教師に「ジャズが好きになった」と告げた時、「刹那的な君にはあっているね」といわれた。
 家業があって、それを継ぐことに何の疑問も抱かず(意識が低いということになるのかな?)、ノホホンと毎日楽しかった僕自身は確かに刹那的だろう。けれど、あれだけ感動したジャズという音楽が刹那的というひとことで片付けられるのかどうか、曖昧模糊とした疑問(教師への批判や反発でなく客観的事象としての)を感じていたものだ。
 深く立ち入ってみて分かったこと。ジャズは刹那的な要素が多分にあってそれが人生・芸術に良い意味での働きを見せることが多い。他方、緻密に作成・構築されている側面もあり、その両立こそ20世紀的、汎地球的価値観の共有を促す厳しさと、なんびともの参加を許容する寛容さを併せ持つ素晴らしい芸術なのだ。
 難しい文章表現になってしまった。こういう時って実は自分でよく咀嚼出来ていないんだよなぁ。

 「達成感」嫌いに話は戻って、こういう自分を再発見した以上、山崎先生の 評は実に的を射ていたわけだ。

 蛇足ながら:
 中学時代を通じてつきあった二人の音楽教師、山崎先生と清水先生にはどちらも仲良くしていただき(休み時間や放課後の親密な時間)人生的な影響も多分に受けた。清水先生の方が割合は多いけれど、この文章に置ける表現は、山崎先生との交流と信頼に基づいていることをお伝えしておきたいと思います。

2015年7月9日
身辺雑記7月9日

 今週はリズム遍歴を一度お休みして、身辺雑記を。
学校生活:
 月火は午後の2時間、水木は10時から4時まで大学に通う。たったそれだけのことなのに、ルーティンワークの恐ろしさか、一週間がとても早い。勤め人というのはこのようにあっという間に定年を迎えるのだろうか。
 本田雅人のフルバンド授業の後見、池田雅明とのコンボ授業、ピアニストへの実践形訓練、などなど多岐に亘ってはいるが、やはり一番面白いのはジャズスタイル史。
 様々なバンド活動を通じてバラバラに蓄積した知識や経験を、教えることになった契機に並べ直してみると空いた穴、知っていることの軽重などなど、山の稜線をたどるように歴史が俯瞰されて、それらについて喋るのを聴いてくれる人々がいる、という状況が実に楽しいのですね。
 ドナルド・キーンさんのエピソードを思い出す。当時珍しかった日本文学の授業に出てみると、何百人も入る教室に学生はキーンさん一人。遠慮がちに「僕が休んで休講にした方が良いですか?」と訊ねた時の教授の答が素晴らしい。「自分の研究について発表・講義するのが私の表現であり、誇りを持てる大事な仕事だ。聞き手の数は関係ない。聞き手が一人でもいてくれれば充分コミュニケーションはなりたつ」
 幸か不幸か履修生はほぼ毎回全員出席してくれていて、マイルスやブレイキーバンドの話をレコードなど回しながら、ジャズ喫茶の親父よろしく講釈を垂れている。一回のジャズ親父のとても楽しいひとときなのである。
 国立音大と昭和音大のふたつでスタイル史を講釈しているのだが、国立の場合は各項目ごとに実演をしてもらう。その時代のスタイルに縛った演奏。これが楽しく、また皆うまい。
 国立はジャズ科を設けているいくつもの大学の中で恐らく入試のハードルは一番高いだろう。入学者数も制限して少数精鋭を旨としている節がある。そして僕の授業を受けられるのは第3学年。この時期の二年間は半生に匹敵するくらい濃い。人間的にもある程度大人になって、技術的には磨きがかかる時期の若者たちとジャズの来し方についてあれこれゼミナールするのも楽しく有意義なことである。そう講義というよりはゼミに近い。教えるというよりは共同研究の様相。みんな詳しいし、項目によっては僕の方がが学ばせてもらうことも多い。
 片や昭和音大の方は1年生の必修科目になっていて(この辺りも両校のコンセプトの違いが出ていて面白い。勿論どちらにも長所がある。)これから具体的にジャズ・ポピュラーを身につけていこうとしている未成年にジャズの百年を講義するのは、身も引き締まるがやりがいも大きい。話が奥深くなって専門用語も容赦なく飛び出して、ポカンとしてしまっている子どもたちに容赦なくピアノを聴かせ、ビルエバンスの奥義について口角泡を飛ばす、なんぞは”頑固爺の愉悦ここに極まれり”の感がある。どちらにしても理想的な教授像からはほど遠いのではあるが。

 学校生活編おわり。綴って見ると面白いので次は“演奏生活”“療養生活”など試してみよう。リズム話の続きとどのように組み合わせていこうか・・・

2015年7月3日
松本照男の男気

教え:アグレッシブなグルーブとヘビーなバックビートは両立する
 日本語的に言うと・・・前へ前へと進むリズム進行と重たいウラ打ち(主に2拍目と4拍目)は相反するようだが両立する。やはりわかりにくいかな。
 BBキングの「Guess Who」の演奏で、ハイハットで刻んでいる3連符が実にタイトで正確なのだが音符というかリズムがその先へ、その先へと意思のある者のようにこちらの耳や心をくすぐり続ける。
 ドラムの役割の重要なポイントの一つは、次のステップへの“呼び込み”だが、基本を刻んでいるクローズのハイハットが既に次の音楽を呼び続けているのだからこれは凄い。時間が経つほどに腰回りが熱くなってゆく。
 そのダウンビート(小節のアタマ)に白玉を乗せる。裏拍(2とか4)で音を抜く。正確に抜くことに因って(ピアノから指を離すことでスネアドラムが鳴る、ようなタイミング)ビートを表す。たったこれだけのことが照男のハイハットとスネアドラムについていけない、乗っかれないのである。
 「ハイハットは前向きで、スネアがギリギリ此処までだろうという位置まで重たい、というのはどのように調整しているのか」と取材すると、「ウエストロードブルースバンドでカバーばかりしていた京都時代に、ホトケや伸ちゃんさんざん絞られて身に付いた。計算はしていない」のだそうだ。叩き上げの熟練工のようですね。
 京都でヤンキーだったようだし、女子達と飲んでても座持ちが良いのだが、それでいて、ストイックで男気を感じる場面が幾度もあった。ドラムにはそちらの面が如実にでている。
 クレイジーブギナイト。永井“ホトケ”隆(Vo)塩次伸次または山岸潤史(Gi)佐山雅弘(Pf)ロミー木下(B)松本照男(Ds)。
 いいバンドだった。ブルース、ソウル、ファンク。多くの曲とルーティン(ブラックミュージック特有の節回し)が身に付いたことで、ジャズにもロックにもポップスにもブルースの要素・影響は濃淡あれども入り込んでいて、というよりはもともとブルースが生まれたからその後のポピュラー音楽が生まれ育って来たのだということがどんな曲を演奏していても体内に感じることができるようになった。なってみると、本来は相反している(楽曲を通じたインテンポという概念のない)クラシックやエスニック(邦楽を含む民族音楽)とのコラボレーションにも応用が利くようになる。
 だからオーケストラに入ってガーシュインやバーンスタイン、たまにはモーツァルトを弾いてても、個人的にはジャズ(include ブルース)を奏でているのです。
 話が現在にまで飛んでしまったけれど、CBN(クレイジーブギナイト)は本当に楽しかったし良いバンドだった。山岸はニューオリンズに行きっぱなし。ホトケはブッチャー(ギタリスト浅野君)のこともあってのことだろうか、ブルースの求道者・伝道者のようになって素敵にツアーをしている。伸ちゃんは常備薬を持ち歩くのを忘れて旅先で死んじゃった。5年10年続きはしても、それはそれで一期一会であることだ。
 今は今を生きよう、と思う。


現在のページ : 1/12 Page