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Jazz Piano Club
じゃずぴあのくらぶじょー

ジャズピアノクラブJOE

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ジャズピアノクラブJOE Essay

ソ連公演の話


1975年3月、シャープ&フラッツに入団して、8月から10月はじめまでのソ連公演に参加した。

その後のボーナスのパリ観光1週間を含めると約2ヶ月の外国旅行であった。

新潟からソ連の船でナホトカまで一泊の船旅、ナホトカよりシベリヤ鉄道でハバロフスクまで一泊の列車旅行、車窓の風景が一日中変わらない。 ソ連の広大さを実感する。窓が重くて3人がかりでも開かない。 女性の車掌を呼ぶとエイッとばかり片手で開ける。オンナの強さを実感した。



 ハバロフスクで1週間の公演、コンサートホールでは小さすぎて客が入りきれないので、体育館で演奏する。毎日五千人から七千人の観客、壮観だ。 演し物は、ジャズはアメリカの音楽なので、 前面には出せず、「世界の音楽」というタイトルで各国の音楽をやった。ロシア民謡の「オチチョニア」を今は亡き名アルト・サックス奏者前川元氏の名演でやると、会場のあちこちですすり泣きが聞こえる。ミュージシャン冥利につきる。

公演後、外へ出るとファンが大勢待ちかまえていて、サイン攻めに遭う。日中、外出すると「ヤポンスキー、ムジカント」(日本人ミュージシャン)と言って、ゾロゾロ後に付いてくる。大スターになった気分だ。  

余談になるが、当時のソ連はブレジネフ体制で、前任のフルシチョフが西欧化政策を進め、レンタカーとかコカ・コーラなどをオープンにした。



その後、失脚して、その反動でブレジネフが強力に封じ込めている時期で、国民は、味は覚えているが、品物が手に入らないという状況で、われわれ 外国人ツーリストが格好のターゲットになる。町を歩いていると、不良どもが寄ってきて、「今何時だ」と訪ねてくる。腕時計を見ると彼らも一緒になってのぞき込んで来て、時間など見ていないで時計の品定めをしている。早速「スコリコ?」(いくら?)とくる。そこからネゴシエートが始まる。だいたい、200ルーブルぐらいで決まる。

彼らの1ヶ月のサラリー以上だ。(当時の1ルーブル=400円)オンボロジーンズで80から100ルーブルぐらい。



しかし、われわれもルーブルでは良い物は買えない。おまけに、出国の際没収されてしまう。 次回、来たときにまた返すというが、二度と行くチャンスはないと思うので、ルーブルは使ってしまうしかない。そのため、ロシア人の友人たちを大勢引き連れてタクシーでホテルに乗りこみ、豪遊するが、なかなかつかいきれない。逆にルーブルがふえてしまう。  これがハバロフスクの体験で、だいたい1カ所5から7日ぐらいの滞在で、ソ連中をツアーして廻る。移動が飛行機で4時間位 かかる。東京-香港くらいの距離だ。

東西南北で全然異なるところだ。それはまたこの次、お話ししましょう。  

では、また!            

ジョー蒲池

2017年6月




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